同じ時間と景色を共有するということ

今でも時折心から感謝を送る昔の恋人がいます。
彼(Tくん)は「俺の行きたいところには君と行きたい」と言い、行動してくれた人でした。
付き合った期間は短かったけれど、共に時間を過ごし美しい風景を見、共有することが出来た記憶は、生涯忘れることは無いと思います。

同じ時間に、同じものを見て、お互いに得た共感。
それは、二人の中にずっと残るものです。

同じ時間を過ごして
同じ景色を見て
思い出が増えて
そうして積み重ねたものは、互いの信頼に繋がっていきます。

また、こうした共通の体験は、後々にも活きてきます。
行った場所が映像で流れれば「あの時の景色はこうだったよね」などと会話も弾むでしょうし、そうやって相手と「共有」「共感」できることは、恋人同士や家族の幸せにも繋がります。
そして、同じ景色を見るということは、お互いにとって、新しい目線を作り出してくれるものでもある筈です。
パートナーと心が大きくすれ違うのは、お互いの景色を重ねる機会が圧倒的に足りていないその結果なのだと思います。

逆説的に言えば、共通の時間を長く過ごした相手と恋人や家族になることは珍しいことでは無いと思います。
私自身、そうなる可能性は高いと思っていますし、思い出を共有し共感した相手への愛着は強くなるのは当然だと思います。
但し、私は人の顔を記憶することが出来ないため、普通の人よりも強くそう思っているのかも知れません。

人の顔を記憶することが出来ない。
それは家族や恋人の顔であっても同様です。
だけど、心から綺麗だと思える景色を一緒に観た人の顔は、その景色と共にはっきりと思い出すことが出来ます。
相手の動きや会話の情景なども、映画のように記憶されます。
これは、私にとってかけがえのない宝物です。
先に書いたTくんとは、もう今生会うことは無いと思います。だけど、Tくんと訪れた場所、美しい景色を思い出すとき、Tくんの動作や声も一緒に思い出されるのです。Tくんは私の中で確かに生きているのです。

Tくんと未だ付き合う前に訪れたデート先で、こんな質問をされたことがあります。
「彼氏からプレゼントしてもらいたいものはなんですか?」
「旅行です。一緒に色んなものを共有したいから」
あの日に見た銀杏並木の黄葉の美しさも、大事な記憶として残っています。