地に足を着けて活きる – 〝七色が百色〟の龍をまとう人 –

先日乾杯したうちの一人、大野さん。
の翌朝、以前から、「大野さんには龍がついている」と言っていた娘がこんなことを話してくれました。

「大野さんには〝七色が百色〟の龍がついていて、それは猫に変身できる龍なんだよ」

ん?猫?

「みとたちのところにも神様が猫ちゃんになって来るでしょ」
「それと同じ。龍なんだけど、猫に姿を変えられるの」
「この前会った人についてた龍はただの龍だから、変身できない。大野さんの龍は、違うの。変身できる」

私たちのところには、「神懸かり」している猫がよく来るのですが(←さらっと書きましたが、「は???」と思われること必至なことは重々承知しておりますので、いずれ詳細を書きます)、どうやらそれと同じように、大野さんのところにも猫に姿を変えた神様(龍?)が来るらしい。
また、先日娘は初見の方に対して龍が10匹ついていると言っていたのだけれど、その方についていたのは「姿を変えられないただの龍」で、その多くは白色と黒色だったそう。大野さんについているのは〝七色が百色〟の龍。が20匹。
私が理解し易いように、比較の表現を用いて説明をしてくれたのだと思うのだけれど、何しろ〝七色が百色〟がイメージできない。

どんな色なの?

「ちょっと(スマホ)貸して」

例の如くiPhoneで検索をし始めた娘

「これだよ」

検索を終えたのち、そう言って見せてくれたのはこちらの画像でした。

草場一壽さんという方の「富士越えの龍」という作品。
〝七色が百色〟
その色合いは、まさにこんなかんじなのだそう(決してこちらの絵の龍とイコールという意味では無いそうです)。

「とってもきれいなんだよ!」と言ってはいたけれど
こんなにも美しい色が娘には見えているのか。
そう思うと、純粋に羨ましくなる。

そしてこの時も長友さんのときと同じように、
「大野さんならこんな色の龍がついていてもおかしくないだろうな」
と思う私がそこにいました。

だって、
長友さんも、大野さんも、地に足を着けて現実社会に揉まれている人だから。
その上で、「生活」を「家族」を大事にしている人たちだから。

続きます。